年末年始、人と比べて落ち込んだという件【知足について】

ヨガ哲学
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年末年始、忘年会や新年会などで沢山の人に会う機会も多かったのではないでしょうか?
私も、年末は忘年会で久しぶりに会う友達、年明けには親戚などと集まって食事をしました。色々な話を聞いて、その場はとても楽しい時間を過ごすことができました。でも終わってから、ちょっと卑屈になっている自分に気がつきました。友達は家を建てたって言ってたなとか、兄弟が素敵なバッグを買ったって言ってたなとか、、心が波打ったようにざわざやする感じ。

サントーシャだ!

ヨガには知足(サントーシャ)という言葉があります。

知足=足るを知ること。これにより人間は無常の喜びを得ることができる。幸福を求めて外に向かわず、今あるもので幸せを感じ、感謝するということ(ヨガスートラより)


例えば

  • 結婚していないから幸せじゃない
  • 他の人より収入が少ないから幸せじゃない
  • あの人は大きなお家に住んでいるのに私はそうではないから幸せじゃない
  • 子供がいないから幸せじゃない

などなど。無いものばかりに目を向けてしまう。
あー心当たりあるなぁ。。
今回私も多くの人に会ったことによって、いいなぁ、羨ましいなぁって思っていました。

サントーシャとは、ないものばかりを思って、あれも足りない、これも足りないと考えるより、今あるもの、今持っているもので幸せと感じられることです。私だって住んでいる家はありますし、カバンだって持っています。

ヨガスートラを読んで、考え方自体は知っています。でも、知っていることと、実践できることって違います。
私の心は勝手にざわざわして落ち着かない感じになっていました。
ヨガの【知足=サントーシャ】の教えを、今一度考えてみました。

自分にあるものを考える

例えば私であれは、ヨガという楽しむことのできる趣味があるとか、誰しも、これは持ってると言えるものありませんか?ここでもポイントは人と比べて出来る、持ってるではなくて、自分自身が満足できているかどうかの視点で考えること。私ですと、ヨガをする時間を楽しんでいる。そして今年はヨガ友達も出来たというところでは、満足できています。
また、家だって、特段今の住んでいる家に不満があるわけではありませんし、外に持っていくのに恥ずかしくない程度のカバンだって持っています。これについても、自分で持っているものと比べて、大きな家だとか、新しいカバンだとか、自分の満足感に視点を置かずに考えているから、不足していると考えてしまうのだと思いました。

自分の固定観念に気が付く

人と比べるということは、一般的に言われている固定観念が、自分の固定観念になっているからではないでしょうか?

  • 結婚すれば幸せになれる
  • 収入があれば幸せになれる

などは全て固定観念です。

例えば、結婚していれば幸せとは限りません。結婚しているからこその悩みなどは必ずあります。事実、世の中には離婚する人も沢山います。その人達は幸せになるために離婚しようとしているのです。結局、人によって幸せは違うということがわかります。

何かをすれば、また、何かを手に入れれば幸せになる、という条件はありません。幸せは自分で決めるものです。

羨ましい=自分が不安に感じていること

羨ましいなぁと思うということは、自分が不安に感じていることの表れですね。その不安に向き合ってみることも1つです。羨ましいという気持ちは、悪いことばかりではないと思うのです。 固定観念からではなく、本当に自分にとっての幸せと感じられることが、「足らない、羨ましい」と思うことであれば、それを手に入れるために努力をしてみるのも大切だと思っています。羨ましい=ステップアップのチャンスと捉えることです。

他の人の目を気にする

固定観念の話と重複するところがありますが、他の人からどう見られているかで自分を見ていると、不安は消えません。それは人によって幸せの考え方が違うからです。ある人は「結婚することが幸せ」と考えるし、ある人は「お金があることが幸せ」と考えます。人の考える幸せは、例えば、「普通は」とか、「一般的に」とか「世間は」などと言う言葉によって、がんじがらめにされます。実際には、自分がその考えに縛られているだけなのですが、私はそれに気が付くのにとても時間がかかりました。

私の幸せは私が決める

年末年始の浮わついた生活のなかで、ついつい忘れてしまっていたこの言葉を、もう一度心に響かせて、2019年も穏やかに歩んでいきたいです。本年もよろしくお願いします。

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